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.読書メモ "THE MIND'S EYE"

 無性に読みたくなったのに何故か行方不明だったUncle Tungsten: Memories of a Chemical Boyhoodの代わりにと思って、

The Mind's Eye

The Mind's Eye

を買ったのだが、これがまためちゃくちゃ面白くて、時間が取られて困る。

 第3編、alexia sine agraphia( 書字障害を伴わない読字障害)、つまり、書かれた文字を文字として認識出来ないのに、思ったことを文字で書こうとすると、何の苦労もなくすらすらと書けてしまう(ただし、自分の書いた文章をすぐに読み返そうと思っても、何が書かれているのかさっぱり理解できない)、というケースについて書かれた一篇に、殊更面白い記述を見つけた。
 文字の認識に主に使われる inferotemporal neurons(下側頭の脳細胞)という、反応性と可塑性に優れた脳部位に関する文脈で、このような記述がある。

Such a reployment of neurosis is facilitated by the fact that all (natural) writing systems seem to share certain topological features with the environment, features which our brains evolved to decode. Mark Changizi, Shinsuke Shimojo, and their colleagues at Caltech examined more than a hundred ancient modern writing systems, including alphabetic systems and chinese idiograms, from a computational point of view. they have shown all of them, while geometrically very different, share certain basic topological similarities. (This visual signature is not evident in artificial writing systems, such as shorthand, which are designed to emphasize speed more than visual recognition.) Changizi et al. have found similar topological invariants in a range of natural settings, and this has led them to hypothesize that the shapes of letters "have been selected to resemble the conglomerations of contours found in natural scenes, thereby tapping into our already-existing object recognition mechanisms."
p,74

おおざっぱに意訳。

 古今東西の文字システムをコンピューターで解析してみると、具体的な細部の形状に大きな違いはあれど、トポロジカルには限られたパターンしか用いられていない、という研究がある。この視覚的特徴は、速記などの人工的な表記システムには見られないものである。またこうしたトポロジカルな不変要素は、様々な自然環境の中に見つけることができ、そこから研究者等は、「既存の対象認識メカニズムを使い回せるように、文字の形状が、自然環境に見られる形状の起伏の複合とよく似たものとなるように淘汰されてきた」という仮説を立てている。

 これはまた、いわゆる「ウォレスの問題」への見事な解答になっている、という。ウォレスの問題とはつまり、脳内には文字を読むことに特化しているかのように見える部位があるようだが、数十万年という進化論的スケールの時間に比べると、文字が登場してからのせいぜい数千年という時間という短期間に、そのような特別な脳機能が生じるなど、到底考えられない」、といったもの。
 ダーウィンの同時代人であるウォレスは、これを神の仕業とみなしたということだが、上記のような研究を見れば、別に不思議でも何でもない、ということである。


 このエピソードは顛末も興味深い。
 書字障害を伴わない読字障害を患ったとある推理小説家が、どのようにして、再び「読む」という習慣を取り戻すか、という話なのだが、別のケースのようにオーディオブックによる読書習慣を身につけるのではなく、文字を指でなぞり、その動き自体を一つの表音記号として、視覚的なメディアである文字を全く別のモダリティにいわば翻訳して読む、とのこと。
 ここから得られる知見の一つは、「動き自体が記号性を持ちうる」ということで、自分の関心のあるタイピングに引きつけても、非常に興味深い点で、たとえばいわゆる(?)「ロマかな脳内分解問題」や、親指シフトの憶えやすさ・快適さに関する議論で、単純なスピード比較とか、「要は慣れの問題」とかいった不毛な話で終わってしまわない、深みのある議論へのヒントになりうると思う。


 ちなみに、上記の推理小説家の話だが、編集者の読み上げ校正という手段を駆使して、新作の小説や以下のような体験談を出版しているらしい。
[asin:031238209X:detail]

メモリーブック―病室探偵クーパーマンの受難 (柏艪舎文芸シリーズ)

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Memory Book (Benny Cooperman Mysteries)

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