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親指雑感

親指シフトにも慣れてきたし、たまにローマ字打ちでもしてみるか、といってしてみると、もうものすごい違和感である。これはもう戻れんナー、あっちには・・・。
やたらと打鍵数が増える煩わしさというものもあるが、それよりも、内語的な違和感とでもいうのか、一度表音文字にしたものをさらに表音文字に変換するという、間抜けさ、とでもいうか、それが精神的にすごく気持ちが悪い。
ローマ字かな変換というものに、何時から親しみ始めたのか、もはや思い出すことすら出来ないが、そのときには多分、新しいことに取り組む嬉しさと楽しさと野心で、違和感どころではなかったのだろうな。
自分は文章入力の効率改善の必要があって親指シフトを取り入れようと思ったのだが、むしろ、そうした商業的な動機がない人にこそ、開音節言語を音節文字で入力できる快感というものは、知ってほしいと、今となっては思うね。
こんなことが出来る言語と文字体系って、日本語以外に存在するのか、不勉強にも知らないけれど、それはともかく、活用しないのは勿体なすぎると感じる近頃でありんす。