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アルペジオ打鍵

というらしい。
http://www7.plala.or.jp/dvorakjp/
こないだの記事に私が用いたのは、こういう感じではなくて、

  • 物理的に実現していないものを心理的に実現する

という、もっと音楽用語寄りの解釈で。「和音」というのは、物理現象として記述するなら、同時点で空間的に実現している音響のことで、それに対して特有の対応する印象を人間がもつわけだが、このように空間的に実現していなくても、分散して短時間中に構成を分散すると、心理的には同様の和音的印象が生じる、と。
引用もととどう違うかというと、分散させる時間間隔は、このアルペジオ打鍵のように非常に短くする必要はない、てことだ。この素早い連続打鍵のイメージとしては、「前打音」という用語があるので、そちらの方が自分の中でのイメージは近い。音楽でない例をあげれば、strengthのアタマのところみたいな、一気に出す感じ。
感覚的にどうも違う感じがするのは、上記の「心理的に実現」というのが、kaと綴れば「か」と綴るのと同じ心理的印象が生ずる、というのが自分の中での「アルペジオ」の解釈で、だから、ロマかなで、一瞬ラテン文字が出て仮名に変わる、というのが、和音でもアルペジオでもない、「同時に打つのをただ失敗してずれただけ」という感じの、中途半端な印象がある。

用語法というのは難しいなぁてのと、こういうようなパラレルな発想が出てきて、しかもしっくり来ているように自分で感じてしまうのは、何なのだろう、というメモ。