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ローマ字入力

ローマ字入力に対する不満に関して、

  • 頭の中で一旦仮名にしたものを、再びローマ字に分解するのが無駄。

てのがあるけど、自分ではそんなこと経験したことはないし、実際に普段付き合う人間の口からも、そのようなことは聞いたことがない。なので、この議論は怪しい。
・・・・・・というのは、よく聞く話で、自分ももちろんこのように考えていたわけだが、

  • では、ローマ字入力をしている時に、ローマ字で考えているかといえば、それは違う

のだ、ということに気づいた。何故といって、キーボードを見ないでローマ字入力をしている時の実感というのは、ローマ字(ラテン文字)と音との対応というよりはむしろ、手指の動きと音節との対応を頼りにしているからで、ここには最早ラテン文字という精神的実体が介在しているようには感じられない。
つまり、世間一般にいわれるローマ字入力とは、ただの行段系かな入力なのであり、その媒介がローマ字(ラテン文字)である必要はまったくないと思われるのである。
試しに、行にあたる子音字にその行の先頭字(kのキーには「か」 etc.)、段に当たる母音字には対応するあ行の仮名(aには「あ」、iには「い」)を刻印するキーボードを作って実験したら、 どんな結果が出るだろうか。ロマ仮名入力と英文入力にそれぞれ支障をきたすのか、とか・・・・・・。

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こういうことを考えたのは、以前gicchonさんに教えていただいたM式のホームページ「M式の世界」を読んだ事がきっかけであった。
http://121ware.com/apinfo1/content/mworld/
中でも、
http://121ware.com/apinfo1/content/mworld/P2-1.htm
この、キーボードの物理形状に関する論考は、普通に考えたらこうなるだろう、という感じで感心しながら読んだのだが、それだけに、「何故ここまでして交互打鍵のローマ字入力に拘るのだろうか」という疑念が、なおさら強く私の心に残るのである。親指シフト方式を採用して、拗音音節や長音節、漢字音の閉音節までもシステマティックに2打で入力できる徹底的に合理化された入力方式で、何故同時打鍵ではいけないのか、何故ラテンアルファベットにこだわる必要があるのか、と・・・・・・。
別に気にする程の事でもないのだけど、どうにも違和感が残っていて、その違和感の正体というのが、どうやら、上に書いた「ローマ字入力するときにはローマ字で考えてはいない」という実感であったらしい。

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ちなみに、すっかりローマ字入力攻撃に身をやつすようになり、まるでローマ字嫌悪者のように見えないでもなさそうな私であるが、どちらかといえば、平均的な日本人よりも、ローマ字、というよりアルファベットが好きだ、と言い切る自信がある。変な言い方だけとも。
小学校低学年の頃(まだ松江にいたころだったので、そうだったはづ)、アルファベットという観念をもたないままに、どこからか日本語の音を行の子音と母音とに分けて考える事ができる、という知識を得て、周囲の人間に喜んで言いふらし実践してみせた経験をもつ私のこと、小学4年で(このときは鳥取)ローマ字を習ったときの感動は相当のものだった様で、課題で出されてもいないのに勝手にローマ字で日記をつけて、先生に提出してチェックしてもらったりなどしたものである。