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なんだかごちゃごちゃと

ローマ字打ちは、憶えるキーが少なくていい、て言うけど、ホントだろうかと思う。自分のこと、特にろくに英字入力が出来なかったころを思い出すと、結局一個一個のキーがどのアルファベットだったか、きちんと憶えられていなかったし、それでもそこそこ遅くないぐらいのスピードで打てていた(以前にデータ入力のバイトで一応合格点貰えるくらいは打てた)のは、結局音節単位の指の組み合わせを、いちいち憶えていたからで、それでああいうタララッていうリズムで打てたのだと思っている。今思っているだけでなく、ローマ字打ちしてたころからそう思っていた。だからこそ、音節と打鍵リズムが一致しない時にはその不一致の度合いが甚だしいローマ字打ちに、嫌気が差していたのだと思う。

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頭の中での言語の状態って、かなりの程度、脱時間化されていて、それだからこそ、思っている通りの言葉を、時間的に展開して紡ぎだすのには、苦労が伴う。タイピングという行為は、ステノワード(だったっけ)とか、一度に何文字も入力出来るような入力法を除いて、音声を表す文字を、実際の音声と同じように時間的に、一次元的に展開する行為なのだから、メディアこそ違えど、本質的にかなり実際の言語活動と近しいものなのではないか、とか思ったりする。タイピングの場合は文字という形に残るからそれは違う、といわれるかも知れ無いが、なに、調子に乗ってつらつら言葉を書き散らしているみたいな打ち方をしている時は、今打っている文字とその辺に没頭して、5行前に何を打っていたのかなんて気にもしないのだから、大して変わらないのである。


と、これまでのところは、殆ど振り返らずに一息で書いてみました。一応後で少し修正は銜えましたが・・・。何か思ってばかりの雑感でした。勿論、NICOLAの練習です。


私の場合、親指シフトの打鍵操作に迷いが少なくなるにつれて、そのような口頭の言語行為に、どんどんタイピングが近づいて行っているように感じている。それは当然、ポジティブな現象としての評価であるのだけれども、一面として、上の様な書き散らしをしがちになったりだとか、結局は精神をそのまま言葉という形に表すことは出来ないという限界の認識でもあったりする。

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でもまあともかく、このようなことが可能になってきているのも、親指シフトあってののことであるとは思う。拗音を除けばほぼ完全に音節入力出来る親指シフトかな入力は、普段使っている方言との違いというものもまぁあろうけども、大体「日本語」と呼んでよさそうな言語には、やっぱりとても向いているという風に思う。

ここで親指シフト仮名入力と限定する必要はないようにも思えるけれど、親指以外の4指のそれぞれの同じ1動作が、2本の親指との組み合わせによって3通りに使い分けることが出来る、という効率性は、やはり無類である。
そのさまはなんと言うか、音声言語に於いて、人間の口の中の一つの調音位置が、有声・無声、破裂・摩擦など、様々な音声を発音しうる、その可能性を最大限活用して人間が言語を操っているのと、なんだか似ていなくもない、と、ふと思ったのであった。
そういう点でいうと、ローマ字入力やJISかなみたいに、一つの器官の一つの動作を、一つのものにしか対応させないというのは、人間の言語活動とは、少なくともそのような表象のレベルにおいて、けっこう隔たりがあるのではないかと思う。人間の言語能力というのは、手話にせよ、一つの器官を何通りにも使い分けるほうが、むしろ自然なのである。

よく聞く「指先がしゃべる」という感想も、もしかしたらこういうことと関係があるのかもしれない。つまり、親指以外の4指の1動作が、左右2本の親指との組み合わせによって3通りに使い分けられる、この同時処理の複雑さ、そして同時にそれぞれの動作が、一つの文字という視覚的印象に誤りなく導かれていく、この条件が整って初めて、タイピングという行為は、自然な言語能力の参与を得ることが出来るのではないか・・・。
そういえば、入力効率や高速度を謳う入力方法は数あれど、「指先がしゃべる」などという、ともすれば世迷い言ととられかねない発言を、ユーザーをして言わしめる入力方法など、親指シフト以外、寡聞にして知らない(ここは本当に私が無知なだけかもしれないので、ご注意を・・・)。タイピングを語りながら同時に言語体験も同時に語っている人種など、今のところ親指シフターしか知らない。