見るからに無理してゐる旧かな使ひ

ちふのがゐると思ふ。新仮名を特別に支持はしないが、かういふのはちょつといやである。
最近見かけたのが「てふ」ちふやつ。これを平気で使ふ人は、「という」ちふ意味の「tju:」を普段使はない人なんぢあないかと、勝手に想像する。普段は、「tsu:」とか「te.ju:」と言つてるんではなからうか。普段「tju:」と当たり前に言つてゐて、旧仮名遣ひの語感と音感を心得てゐる人間には、「てふ」は「tjo:」としか読めず、いかにも不自然である。
かういふ人は多分、「歴史的」仮名遣ひ派の人なんだらうと、再び勝手に想像する。要は、普段の自分の語感と音感を表すために旧かなを使ふのではなく、ただのコスプレなんである。

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とか何とか、ATOKの試用版を入れてみたので、文語モードを使ひつつ書いてみたのであつた。このモードなかなか悪くないが、まだオプションの域は出てゐない感じである。「きう」と入れて「旧」と出ないし、「いつて」「つかつて」と入れて「言つて」「使つて」と出ない。後者の点など鑑みるに、あくまで「文語」モードであって「旧かな」モードではないのであらう。だけどやつぱり、これであただのコスプレでしかないんでないのかしらなどと思つたり思はなかつたり。まあ今後に期待せうかと思ひます。
(「せう」も多分東日本の人には使ひにくい仮名遣ひかもしれない。普段「sjo:」ではなく「si.jo:」と音節を分けてゐる限り、この仮名遣ひは馴染み難からうとおもひます。「からう」も多分馴染みますまい、私は普通にかうしゃべりますけども。「まい」ちふのも奇を衒つてゐるやうに思はれるかもしれませんが、これも普段使ひます、ただし鳥取弁では専ら未然形につなげて、「すらあせまい?」などと使ひます。)


タイトルの「旧かな使ひ」てのは間違へたのではなくわざとで御座いますので、御間違へなきやう。